遥かなる君の声
V E

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編



          



 炎眼による暗示を用いてまんまとサーカスの団員の中へと紛れ込んでいた仲間たちの大方は、1日の内のほぼ半分以上の時間を、秘密裏に穿った地下の空間で過ごしている。春めいて来たことから活動的になって来た町の住人たちに出入りを怪しまれないためと、優秀な駒を揃えし相手陣営の導師たちに気配を読まれぬため。
“まあ、今のところは動く必要もないのだが。”
 永の歳月かけて待ち続けた“約束の時間”への胎動に合わせ、自分たちもまた既に動き出しているとはいえ、肝心かなめの“寄り代様”の意識を僧正様の咒術によって最適化中なため、いよいよの正念場だというのに…ここ数日はどうにも動きが取れない状態にある彼らで。その身から一度離れた魂を呼び戻すため、反魂回帰の咒を光の公主によって施された騎士殿なのだということまでが判っており、
“シェイド卿による封印もあったというしな。”
 我らをお導き下さる太守が降臨なさる方だという触れ込みのせいもあって。他の者たちは畏敬の念でも感じるのか、それとも得体が知れないものへは近づきたくないか。むしろ避けるようにしているほどだったが。逆に自分には…惹きつけられるような何があるというのかも判らぬまま、特に出入りを禁じられてもいないので、何ということもなく足を運ぶ場所になっており。
「………。」
 ちゃんと呼吸をしているのだろうかと疑いたくなるほどの静かさで、昏々と眠り続ける白き騎士がそこにはいる。端正な顔立ちは、表情が乗っていないと案外幼く。一つことへだけ心血をそそぐ、ある意味“直情型”なればこその単純さが垣間見えもして。そんな彼を眺めている自分の傍らにて、
「どうしてこいつが、そんな大切な存在なんですか?」
 今いる中では最年少の、くりくりと大きな瞳をした少年が、ひょこりと小首を傾げて見せる。その時が来れば波動なり知らせなりがあるのだそうで、じっと見守っている必要もないとのこと。僧正様は別の祭壇に向かって“念”を練り上げる祈祷をお続けだ。そんな中にあって、阿含同様にこの少年もまた、眠れる騎士に畏れまでは感じていないらしくって、
「俺も見たから言うんですが、こいつは眸だって赤くはないし咒力だって殆どないのに。なのに、本当に自分たちと同族なんですか?」
「ああ。」
 特に“大切な”とは自分も思っちゃあいないがと。阿含は薄く苦笑をしたが、
“…だからって疎かに扱っていい奴でもないのだが。”
 自分たちの望みに必要な存在だから。それと…、
“それこそ柄ではないんだが…。”
 彼が彼だからと大切にしていた子がいる。それを知っているせいだろか、預かり物のように扱わねばいけないような、そんな気がして。そのたびに…苦笑が洩れてしまう彼であり、
「阿含さん?」
「鍵なんだとよ。」
「鍵?」
 自分と兄と、年長の幾たりか。それぞれに率いる者らを束ねている立場の顔触れだけは、仔細まで説明を受けてもいて、
「絶対的な力を招くのに必要な“寄り代”で、それはこいつが生まれた時に、もう決まってたことならしい。」
 我らの中で唯一、その血統を途切れさせずにいた僧正様の、側近だった神職の夫婦。彼らの間に生まれた男の子の洗礼式の最中、グロックスが光り出すという反応を見せた。遠い昔、式神召喚にと使われしものでありながら、だが、故郷の大陸から離れたその後は、永きに渡り沈黙を続けていたもの。祭壇の片隅にひっそりと置かれてあった、煤けた装具が唐突に輝き始め、そこで…僧正様が覚えていた通りの儀式を施すと、
「こいつの生気だか意志だかの欠片が、グロックスの中へ新たな砂となって足されて封入されたんだと。」
 それまではこうまでの反応を示す者など現れなかったから、僧正様もそれは興奮なされたそうでの。いよいよ時は満ちたりと、盛んに“約束の時間”の説法をなさるようになったのも、それが切っ掛けだったという。
「まあ、俺らも大人たちから聞いた話、なんだがな。」
 それがこの彼だということさえ、こちらに渡ってから知ったこと。何も知らないというお前と大差はないよと苦笑を見せれば。ふ〜んと、納得したやらどうなのやら。曖昧な声を出した少年が、
「ああ、そうだ。」
 小さな顎先をひょいと上げ、雲水さんが“兄様がた”を集めておりましたよ。今、思い出しましたというような言い方をする。大切な集まりなら、そんなことを後回しに伝えたりはしない彼だから、
「…そっか。」
 呼びにくいことでの集まりかと、気を遣ったらしきこと。こちらからも察してやって。小さめの背中をポンポンと叩いてやると。そのままそっと、祭壇の間を出てゆき、地下通路を進む。少しばかり先の一角、少年が“兄様がた”と呼んだ、年長組の面々が集まっていた場へと向かう二人であり。
「…。」
 場の中央にいた青年から、ちらりと一瞥が飛んで来はしたが、責めるような気配はそうそう強くもなく。そのまま話の続きを淀みなく続ける彼こそ、阿含には双子の兄の雲水という青年で。
「グロックスはやはり城にはないとのことだったが。」
 この場には十人ほどの顔触れが集まっているのみだが、今この地下には、一族の仲間たちが全員集まっている。最後の詰め、進を連れ出す下準備にと城へと伏せていた者らも今は、それぞれにさりげなくも手段を講じて引き上げており。だが、グロックスを取りこぼしたという失態があったことから、最後に引いた者がその後の行方を何とか見回して来たものの、やはりその行方は掴みようがなく。
「城内の気配を探るために、一人くらいは残しておいても良かったのでは?」
 何なら今からでも、怪しまれてはいなかろう下働きの者を戻そうかと、そんな話が持ち上がっていたらしいのだが、
「今更そんなことをしては却って怪しまれよう。」
 混乱の中での出入りが利いたのも当日だけの話だろうし。そんな時にそそくさと出てった者が日を置かずに戻って来れば、それこそ妙なことをする奴だと怪しまれかねないと諭したが。
「ですが、導師たちも今は不在です。」
「不在?」
 城からの気配のあるなしは、今やこれまでに例がないほどもの結界を張り直された外からでは、窺い知ることも適わぬのだが、
「門衛らが、そちらへ見物に行かなんだかと、そんな声を掛けてゆきましたゆえ。」
 買い出し先にて、たまたま顔見知りと鉢合わせしたように図って…彼らへ近づいたらしき娘が、きびきびと報告をする。
「いつの話だ。」
「彼らの言では襲撃を敢行した翌日のこと。」
「3日も前、か。」
 こんな騒ぎの最中、王や皇太后が避難したというならともかくも、こちらと直接の対峙を為した彼らが、最もこちらの正体を把握していよう存在が、一体どこへ行ったというのだろうか。一同が不安げに顔を見合わせて、
「やはり、アケメネイへと向かった彼らなのでしょうか。」
 こちらの正体や真の思惑。巧妙に隠しての行動を取れていたものの、時が経てばどこからか、綾のほどけるものも出て来よう、そこから真相も見えて来よう。次の行動へと移れないままの“待機”という状況が、これまで辛抱強くもあったはずの彼らを居たたまれない不安に駆り立てもするらしく、だが、
「何のために?」
 阿含が静かな声を発したのへと、皆の視線が自然と集まる。
「聖域だからと、光の公主を匿うためにか? それとも、再びグロックスを隠すためにか?」
 淡々とした言いようながら、軽々しくも誰ぞが口を挟むことは許さぬというような、そんな威容の厚みと強さが、声と眼差しとにはっきりと滲んでおり、
「だったなら、あそこの惨状を見て何をか察するに違いないから。公主でもグロックスでも残してはゆけぬ。心配せずとも戻って来るさね。」
 案ずるなと鼻先で笑うように言い置いた彼へ、
「泥門はどうだ?」
 これは兄からの一言が飛んで来る。
「アケメネイから来ていた導師は別口だが、残り二人の修行せし里だそうだ。」
 この大陸に依然として健在な、大地の気脈を扱い、咒でもって奇跡を起こす者らを養い育んで来たという、伝説の庵房のある里。そんな場ならばあるいは、強力な咒を操る敵からの隠れ家になりはしまいかと、彼らも頼るのではなかろうか。そこまでを言外に含ませし兄だと判っていて、
「かも知れぬが。我らがこうして読んでいることくらいは、向こうだって予測のうちと織り込んでいるのではないかの。」
 間髪いれずというなめらかさにて、言い返す弁も鮮やかなこと。
「浮足立ってのその結果、取りこぼすものがあっては、先の仕儀の二の舞いぞ。僧正様とて、指示をお出しになってはいまい。ここはどちら様も冷静になり、どうかどうか静まりませい。」
 あくまでも立場をわきまえたような、四角い言いようは、わずかにでも自分より年嵩の年長者が多い席だったから。とはいえ、鋭い眼差しによる一瞥は、それにてスルリと撫でた何者にも反駁を許さぬという、微妙な迫力を帯びてもおり。
「そうか、そうだな。」
「もうちっと。そう、導師どもが城へ戻る気配を得てからでも遅うはなかろう。」
 宥められての安堵からホッとしてと言うよりも、逃げるようにしてという観のある及び腰になったそれぞれが、半ばそそくさと場から離れ、阿含と同行して来た少年もまた、こっそり笑って見せつつも、自分の姉なのか、年長な娘とともに通路の奥向きへと立ち去ってゆき。
「…阿含。」
「んん?」
 後に残った兄弟二人。声を掛けて来た兄へと、真っ直ぐな眼差しを弟が返せば。ややあって、兄の方が吐息を漏らす。
「悪かったな。鎮め役を買って出たのだろう?」
「ん〜、つかさ。どっちの気持ちも判ったからね。」
 何かしていなきゃあ落ち着けない、気持ちが逸ってしょいがない皆だというのも判るし、さりとて、自制しろと、時を待てとしか言えない兄だったのもよくよく判る。
「兄者はあんまり“憎まれ役”になっちゃあ不味かろ?」
 くくくと笑い、そんじゃねと。小さな会釈を残して、暗い通路をやはり立ち去る。ちょっぴりだらしなくも隙だらけに見える背中だが、あれで…炎眼なしでも、野生の猛禽らを従えることの出来る、壮絶な殺気を瞬時にして立ちあげられる剛の者。そして、
“…助けられてばかりいるよな。”
 一番の年長という訳でもないのに、同胞たちからの人望厚い兄なのは。本人の生真面目さや意志の強さ、誠実さにも礎はあるが、実を言えば…生き残りの子供らの中、最も咒力が高くて奔放な暴れ者の弟から、唯一、一目置かれている存在だからでもあって。本当は暴れ者なんかじゃあない。物言いが狡猾で、何でも怜悧に運ぶ癖があるのも、こんな場合に憎まれ役にと身を据えるのも、そんな自分を御すことで、兄の寛大な人性が際立つようにと計算してのことであり。
『俺は何にも考えちゃあいないから。』
 覚えているだろ? 昔っから強い奴と喧嘩するのが好きだった。こっちに渡ってからは、悪目立ちしちゃあいけないって言われてて、いい子でいなきゃあいけなくて。長いこと、そりゃあ窮屈な思いをしたから、これからは。考えるのや先を読むのは兄者に任す。俺はただ、好きなだけ暴れるだけだからよろしくなと。しゃあしゃあと言って…そのまま、兄の“飛び道具”という立場に徹している彼であり。時には…何も知らぬ人々までも害していいものかと、今更ながら迷うこともある自分を、容赦なく叱咤する存在。こうなっては憂れうることなどあるものかと、鮮やかなまでに奔放に、戦いを楽しんでいる弟を、今更戸惑わせてどうするかと。これが正義ぞと選んだ指針。何があっても屈するものか萎えるものかと、歩き続けるための励みであり、そんな姿勢を写す鑑であったのだけれども。
“…だが。”
 時々、何をその内面へ含んでいるのかが掴めぬこともあるような、そんな言動が見受けられるようになってもいる弟で。時がいよいよ迫って来たことから、図太さでは群を抜いていた彼であれ、混乱したり動揺したり、慎重になったりもするものか。
“…そうだな。それほどまでに、重く大きなことなのだ。”
 たとえこれが利己的な狂信であっても、もはや立ち止まれない自分たちでもあるのだから。我らを害す者をこそ憎み、信念を貫き通すだけ。それさえ果たされたなら、それこそ新天地を目指すもよし、何の制約にも縛られず、陽光に背中を向けることもなく、本当の自由に辿り着けるのだから…。








            ◇



 いくら精霊のお仕事とはいえ、自分たちとは体のスケールの違う存在の振るう剣。鋼を鍛練するだけでも大変な仕儀なその上、聖なる水晶“アクア・クリスタル”を鋳込むという特別な製法を施し、聖なる力をも宿らせようという、聖剣一振り。そうそう簡単に…あっと言うほどの素早さにて作り出せるものではなくって。
『そんなあっさり取り出されたら、却って信用出来ねぇよ。』
 とは、黒魔導師殿のごもっともなお言いよう。一波乱あったものの、何とか落ち着いたらしい公主様を寝かしつけ、その傍らに交代でついての夜明かしをした次の朝。

  「あのあの、葉柱さん。ボクに剣の使い方を教えてもらえませんか?」

 一体どんな夢見であったのか。我らが公主様が、何とも珍妙なことをお願いしてきたのである。









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  *めでたいとは言えませんが、連載開始から1周年でございます。
   書いても書いてもなかなか進まない数日間。
   なんてあこぎなシリーズなんだか…。